アドリブ

考えすぎなギター弾きが見落としていたシンプルな練習方法

アドリブを弾く時に、頭で理論の方を先に考えてしまって思うようにできないことに対してどう向き合っていくかを考えています。

「アドリブ演奏と正解探し」という記事の最後にも書いたのですが、いまだにアドリブは練習の仕方がよくわからずモヤモヤしています。

今回は私の直近の気づきをもとに、アドリブ練習で私が取れていなかった選択肢についてお話したいと思います。

音楽は言語的

前回の記事の最後にも書きましたが、音楽はよく言語に形容されます。

言語は母国語だと子供がまわりの大人達の会話を聞きながらマネして徐々に覚えていきます。音楽ももとは口伝えで伝承されてきているのでほぼ言語と同じ覚え方のはず。

音楽は、昔は先人の歌うさまをマネして覚え、マネした側のバックグラウンドと混ざり合っていきました。人から人に渡ってどんどん進化することで今の形になっています。

この進化のしかたを取っても音楽と言語は非常に近しく、生きているものだということを最近強く感じています。

「もしかして、多言語しゃべれる人って音楽でもすごく有利なのでは…!?」と思ってしまうレベルで伝わり方も習得方法も似ていますよね。

この音楽と言語の近さをみていると、言語習得のコツを掴んだ人は音楽も同じ感覚で覚えられる気がするのです。

自然に立ち返る

アドリブ練習のアプローチ方法に迷って、スケールからのアプローチ、コードトーンからのアプローチと両方試してみましたが、思うような演奏にならずイマイチしっくりきませんでした。

「じゃあどうやって練習したらいいんだー!自分はアドリブのセンスないのかなあ…」と絶望的な気持ちになっていたのですが、最近になってマネをするというプリミティブ(原始的)な練習をまだやっていなかったことに気づきました。

この「マネをする」ということは、おそらく今も昔も変わらない、本来は誰もがやっている自然発生的な練習方法のはず。

諸説ありますが、「学ぶ」という言葉は「まねぶ(真似ぶ)」から来ていると言いますし、何かを学ぶということは、マネをするということが一番の基本動作なのかもしれません。

演奏に対する潜在意識

楽器の練習でどういう入り方をしたかによって演奏や練習に対する潜在意識が変わる気がしています。

私が物心ついてピアノを習った時、楽譜を見て楽譜の音を演奏するというのが最初のステップでした。練習をする曲を聴く機会があっても先生のお手本くらい。

この経験から、長らく潜在意識の中では楽器の練習をする=楽譜に書いてある音を再現するという図式になっていたように思います。

耳コピするとしても楽譜に起こしたりする工程が入るので、音を聴いていたとしても最終的には楽譜の音の再現になっていました。

人のマネをするという最もシンプルなことが欠落していたことに気づいて、それまで手をつけていなかった選択肢があるのだから、絶望するにはまだ早いのではないかと思いました。

以前の私の楽器の練習=楽譜の再現という潜在意識がよくわかるエピソードをこちらでご紹介しています。

最後に

ここまで書いてきて、そういえば私はこれぞギター!みたいなのが弾けないなあと思いました。本当に今まで「マネをする」ということが抜け落ちていたんだと思います。

ギターがかっこいいのって、これぞギター感があるからなんじゃないかなあと思う時があります。もちろんそうではない方向でとてもかっこいい人もいますが!

今まで力を入れてこなかった「マネをする」をキーワードに、かっこいいギターが弾ける練習に取り組んでみようと思います。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

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